ヒノのブログ 〜道すがら〜

Twitterでは書き切れないことを書いていきます。

【赤い手帳】

彼は私を怒らせた。
彼は、私が愛用している赤い革表紙の手帳を、勤め先の上司との電話に、メモ用紙として使っていたからであった。
彼は私に何度も頭を下げた。
私がどんなに問い詰めても、彼は一切他のページは開いていないという。
その言葉をずっと疑っていた。
しかし考えてみれば、例の手帳にはやましい事などこれっぽっちも書いていない。
仕事に必要な事しか書かない。
そう思ってからは、これ以上の問答は不毛だという結論に至り、私は彼に憤慨するのを諦めて、徐々に心に穏やかさを内蔵していく。
それでも一度孕んだ怒りの火は、容易に消える事は無かった。

それからしばらくして時は経ち、例によって多忙な日常に垣間見える一旦の平穏に、私が彼の顔や仕草を脳裏に浮かべる頃には、私の怒りの火は黒く鎮火していて、煙すら立っていなかったのである。
遂には私もハイエナのような執着心は持ち合わせてはいなかったのだ。

仕事が終わって家に帰る途中、彼に週末の予定をメールで聞こうと考えたが、実はあの日以来未だに彼は私に対して余所余所しい。
手帳の管理に関して言えば、私にも落ち度はあったのだ。
「手帳と股には鍵掛けろ」とは、誰の言葉であっただろう。